日本の就活 新卒一括採用は「悪」なのか

日本の就活 新卒一括採用は「悪」なのか

【タイトル】

『日本の就活 新卒一括採用は「悪」なのか』常見陽平,岩波書店,2025

【テーマ】

何かと批判の的となる「新卒一括採用」という慣行について、その歴史と合理性を多角的な視点から検証し、日本の労働社会における真の役割を問い直す

【なぜこの本を読んだか】

わたし自身は大学から系列病院への就職だったため一般的な就活経験がなく、新卒一括採用が批判されていることすら知らなかった。大学4年の長男が就活を終えた今、その現状や批判の内容を知り、現場を知る著者の視点から学びたいと思い手に取った。

【学んだこと】

  • 新卒一括採用は、時期論争を繰り返しながらもルールが常に形骸化してきた歴史を持つ制度である
  • 「人材の多様性を失わせる」という批判があるが、画一的なのは採用の時期や形式であって、人材そのものの画一性とは別問題。多様性の有無は各企業の採用ポリシー次第である
  • 学校から職業へと間断なく移行でき、企業に対して毎年約45万人の労働力を安定供給する”新卒一括採用”という仕組みには、簡単に否定できない合理性が存在する
  • 新卒一括採用は企業側にとっても人材獲得の基盤であり、なくなれば企業の採用そのものが困難になるという側面もある
  • 就活は内定獲得だけが目的ではなく、サークル活動のような場や自己啓発の場としても機能している
  • 業界研究や自己分析といった”当たり前”とされる対策そのものが学生の悩みを誘発し、鬱に至る学生もいる
  • 就職氷河期・リーマンショック・コロナという3つの危機のたびに、そのあり方が問い直されてきた
  • 就業経験のない学生はセクハラ・オワハラ・不適切質問といったハラスメントにさらされやすい弱い立場にあり、内定取り消しや求人詐欺からも身を守る必要がある。そのため大学ではワークルール教育が強化されつつある

【視点の変化】

長男はAIやメディアを利用して自力で就活を進め、比較的短期間で終えた。傍目には苦しんでいる様子はあまり見えなかったが、本書の「当たり前の対策が学生の悩みを誘発する」という指摘を読むと、期間の長短に関わらず本人なりのストレスはあっただろうと思い直した

【感想】

資格試験のために多くの時間を費やしてきた長男が、その挑戦に区切りをつけ、就活に舵を切ったのは大学3年の1月下旬だった。マイナビとAIを使って自己分析、業界研究、企業研究、選考対策を行い、3月下旬には希望の会社から内定をもらって就活を終えた。

就活というと、リクルートスーツに身を包んだ学生が街を歩く姿を想像してしまうけれど、慌てて用意したスーツを着て出かけたのは最終面接の1度きり。一次面接だけでなく、二次や最終面接もオンラインという会社が多いことに驚いた。また、面接後に企業側からフィードバックがあり、次回以降の面接で気をつけること、準備しておくといいことなどをアドバイスされたという話を聞いたときは、ひっくり返りそうになった。そんな親切な会社があるなんて思いもよらなかったし、ドラマや小説などで描かれていた就活のイメージがガラッと変わった体験だった。

本書を読み、「新卒一括採用」への批判があることを初めて知った。その論点のひとつに「画一的」というものがあったが、長男や同級生たちの進路を聞いてみると、インターン後の3年生の冬にはすでに内々定をもらっている人もいれば、長男のように3年の春休みから就活をはじめて4年になる前に内定をもらう人、内定後も納得がいくまで就活を続ける人もいたりと、実態はさまざまだった。制度としては「新卒一括採用」であっても、個々の動き方は多様であり、決して画一的とは言えないと感じた。学業阻害についても同様で、たとえば就活を理由に学業がおろそかになる人がいたとして、その人は就活がなければ授業にきちんと出席し、課題やレポートに真摯に取り組み、優秀な成績を収めるだろうか?そんなことはないんじゃないかとわたしは思う。

本書には著者の熱い思いが溢れ出ている。そのせいか、若干読みにくさを感じる部分もあった。けれども、著者が語る等身大の大学論には胸を打たれたし、あらためて就活について考えるよいきっかけになった。