【タイトル】
『宮本常一 民俗学を超えて』木村哲也,岩波書店,2026
【テーマ】
宮本常一の仕事を、網野善彦や司馬遼太郎ら彼に影響を受けた表現者の視点から捉え直し、単一ではない「多層的な日本像」を構築するための現代的意義を考察する
【なぜこの本を読んだか】
昨年、町田にある書店「久美堂」で展開されていた学術文庫フェアで『民俗学の旅』を見つけて以来、宮本常一という人が気になっていた。先日読んだ宇野重規『政治とは何か』で宮本常一の話が出てきてさらに興味がわき、まずはどんなことをした人なのか知りたいなと思って手に取った
【学んだこと】
- 師・渋沢敬三の「大事なことは主流にならぬことだ。傍流でよく状況を見ていくことだ」という言葉が、宮本の姿勢を形づくる核になった
- 宮本の故郷・周防大島は移民や出稼ぎが多く、若い時代に奔放な旅を経験し外の世界を語り伝える「世間師」と呼ばれる存在がいた。そうした土地に育った経験が、宮本の旅する民俗学者としての原型となった
- 焼畑耕作民・漁民・大工・石工・馬喰・易者など、非農業民に注目した宮本の視点は、網野善彦の歴史学や、宮崎駿の『もののけ姫』の世界観にも影響を与えた
- 対馬の調査を通じて、寄り合いによる民主主義や自由意志に基づく恋愛など島固有の文化を掘り起こす一方、「離島振興」に携わる実践者としての顔も持った
- 森崎和江が批判した「調査地被害」や「調査される側」の視点に立ち、「調査というのは地元から何かを奪ってくる」ものであり、だからこそ「必ずなんらかのお返しをする気持はほしいものだ」と説いた
- 宮本の仕事は民俗学の枠を超え、鶴見俊輔の思想史、島尾敏雄のヤポネシア論、本多勝一の記録術、司馬遼太郎の『街道をゆく』など、異なる分野の人々へと連なっていった
【視点の変化】
- 学校で勉強してきたのはいわば主流の歴史で、その傍らには土地に根ざした多様な暮らしと豊かな文化がある。日本とはそれらが多層的に組み合わさった国だという見方を知り、見え方がガラッと変わった
- 草野マサムネ、後藤正文、甫木元空など、別の分野で活躍している人たちにも大きな影響を与えていると知って、ますます宮本の著書を読んでみたくなった
- 物事をみるときに「これは主流か?それとも傍流か?」と考えるようになった
【感想】
以前、『断片的なものの社会学』(岸政彦,朝日出版社,2015)という本を読んだことがある。著者がさまざまな人に会い、話を聞き、なんでもないような、でも確かに存在する小さな物語を集めた本で、わたしはとても好きなんだけれど、読んだからといって何かが理解できるとか、勉強になるとか、人生の参考になるというような話ではない。それなのに、あるところでは強く胸を打たれ、またあるところでは読みながらうっかり泣いてしまう、とても不思議な本だった。
本書を読んで、ふとそのことを思い出した。何か通じるものがあるとすれば、おそらく、主流ではなく傍流から人々や彼らの暮らしをまなざし、話を聞き、書くということだと思う。それらはテストに出るような歴史的に重要とされる話ではないだろうし、たとえ知らなくても困ることのない小さな物語だろう。けれども、わたしたちが生きる社会は、日本は、世界は、そうしたものが集まり、組み合わさり、連なってできている。そのことをあらためて実感した。
昨年、久美堂でみつけた『民俗学の旅』はもちろん、『忘れられた日本人』、それから司馬遼太郎の『街道をゆく』、甫木元空の『その次の季節』もぜひ読んでみたい。そして、こんなふうに次へ次へとつながっていく読書ができてとてもうれしく思う。


