【タイトル】
『何がダサいを決めるのか』平芳裕子,ポプラ社,2026
【テーマ】
パーカーとスーツという対照的な服装を軸に、起源と流行・年齢による着こなし・スタイルからの逸脱・歴史的な階級性・ふさわしさをめぐる戦略という複数の切り口から服装評価の歴史をたどり、「ダサい」という判断がどう生まれ、誰によって支えられているのかを問い直す
【なぜこの本を読んだか】
書店で並んでいるのを見て気になっていた1冊。表紙の絵がかわいかったのと、ファッションについての話がおもしろそうだなと思って読んでみることにした。
【学んだこと】
①ファッションは他者の視線とともにある
- 社会生活を営むかぎり、服装はつねに他人の視線にさらされている
- 規範から意図的に逸脱する場合は相手に認めさせるテクニックが必要になり、意図せず逸脱した場合は礼儀知らずと見なされかねない
- おしゃれをする、あるいは巧妙に外すためには、ファッションの歴史や服装に与えられる意味、スタイルが生まれる文脈への理解が求められる
②流行は移り変わり、世代は入れ替わる
- 流行の中心にいるのは若者
- 時代によって流行は変化するが、それを享受する世代も同時に入れ替わっていくことを認識しておくのが重要
③「ダサい」と「おしゃれ」の曖昧な境界線
- ダサいとおしゃれ、ふさわしいと不適切の区別は明確ではない
- 人間関係、対応の場面、社会的状況、歴史的背景など複数の要因が絡み合っている
- 移ろいゆく流行の中で、その都度境界線を見極めていくしかない
【視点の変化】
- パーカーなどのカジュアルな服装が先進性を象徴するアイテムとされ、旧来のビジネスモデルに挑戦し、スーツに対抗する、という捉え方が新鮮だった
- これまで「ダサい」という言葉にはネガティブな印象しか抱いていなかったが、”「ダサい」は、規範から逸脱し、自由になるための力です”という一文を読み、ハッとさせられた
【感想】
普段何気なく使う「ダサい」という言葉。本書を読むまで、あまり深く考えたことがなかった。あらためて考えてみると、ファッションにかぎらず、振る舞いや言葉づかいなども含めて「格好悪い」「そぐわない」の意味で使っている気がする。
本書では、ファッション、主に「パーカー」と「スーツ」の歴史や社会背景を紐解きながら「ダサさ」や「ふさわしさ」について掘り下げられていく。単なる服の話ではなく、「規範」や「逸脱」という、生き方や在り方のようなテーマにつながっていくのがおもしろかった。
ファッションというと、真っ先に子どもたちのことが浮かぶ。大学生の彼らは、いわゆる流行を追うというより、自分の好きなものをとことん突き詰めていくようなスタイルでファッションを楽しんでいる。アメリカやヨーロッパの古着をベースに、さまざまなアイテムを組み合わせ、その日の気分や場に合わせて身につける。一見、自由なスタイルを楽しんでいるように見えるけれど、実は歴史や伝統についての知識も深く、何をどう外して遊ぶかよく考えたうえでコーディネートを決めているようだ。周りから「独特」とか「個性的」と言われても本人たちは一向に気にしていない。冠婚葬祭やビジネスなど、相手に失礼になるような場でないかぎり、自分の好きな服を好きなように着る。なんというか、すごくかっこいいなと思う。
彼らの強くて自由な姿勢が親であるわたしたちにも刺激を与え、ファッションや考え方に小さな変化をもたらす。もしかすると、その小さな変化の広がりが、社会全体をよりよくしていくことに繋がるのかもしれない。そう考えると、なんだかワクワクする。


